【教育の誤解】「わかりやすい授業」が子供をダメにする?成績を伸ばすコーチが絶対にやらないこと
168塾塾長こんばんは、168塾代表の難波です。
一般的に「良い先生」というと、 「解説が分かりやすい先生」「話が面白い先生」をイメージされると思います。
もちろん、それも大事な要素です。 しかし、168塾が考える本当に成績を伸ばす先生は違います。
それは、あえて教えない先生です。
一見矛盾しているように聞こえるかもしれません。教えるのが仕事の先生が、あえて教えない。しかし、これこそが本当に生徒の力を伸ばす指導の核心だと、私たちは考えています。
「教えすぎ」は思考力を奪う
質問が来た時、すぐに答えを教えるのは簡単です。
生徒も「あー、すっきりした!」と満足します。 しかし、それでは生徒の脳は汗をかいていません。
本番の試験会場に、先生はいません。 最後は自分一人の力で、答えをひねり出さなければならないのです。
どれだけ分かりやすい解説を受けても、その場では”分かった気”になれます。しかし、いざ一人で似たような問題に向き合った時、同じように解けるかどうかは全く別の話です。
普段から「すぐに答えをもらえる」環境に慣れてしまった子は、本番で未知の問題に出会った瞬間、思考停止してしまいます。
だからこそ、私たちは「分かりやすさ」を追求するのではなく、「自分で考える力」を鍛えることを優先しています。一時的な理解のしやすさと、本番で使える本当の実力は、必ずしも一致しないのです。
「分かりやすい授業」を否定するわけではありません。ただ、分かった気持ちで満足して終わるか、そこから自分の頭で確かめる一手間を加えるかで、後々の実力の差は大きく変わっていきます。
「なぜ?」を問い続けた父の教え
私の父は教育熱心でしたが、決して「答え」を教える人ではありませんでした。
私が分からないと質問に行くと、父は必ずこう返しました。
「教科書のどこに書いてあると思う?」
「そもそも、この言葉の意味はどういうこと?」
父は私に「答え」ではなく、「答えへの辿り着き方(調べ方・考え方)」を教えようとしていたのです。
正直、当時の私はその意図を理解できず、ただ面倒だと感じていました。友達はすぐに先生から答えを教わっているのに、なぜ自分だけ回り道をさせられるのかと、不満に思うこともありました。
当時は「早く教えてよ!」と思いましたが、 この時に培った「自分で仮説を立て、調べる力」こそが、塾なしで医学部に合格できた最大の要因だと確信しています。
当時は今のように気軽に質問できる相手も少なく、自分で調べて仮説を立てるしかありませんでした。回り道のように感じた時期もありましたが、その積み重ねこそが今の私の土台になっています。
168塾のコーチング:答えではなく「ヒント」を
168塾のコーチたちは、このメソッドを受け継いでいます。 質問が来ても、安易に答えは教えません。
「ここまでは分かったんだね。じゃあ、この公式を使うとどうなる?」
「解説のこの行が分からないってことだけど、前のページに戻ってみた?」
あえて答えを言わず、ヒントを与えて、生徒自身が「あ、分かった!」と気づく瞬間を作る。
これをアハ体験と言いますが、この瞬間に記憶は強烈に定着します。
人から一方的に説明された知識は、時間が経つと驚くほど早く抜け落ちてしまいます。一方で、自分の頭を使って「気づいた」知識は、まるで自分の一部になったかのように、長く記憶に残り続けます。この差が、模試や本番での再現性の差になって表れてきます。
「教わったこと」と「自分でつかみ取ったこと」は、記憶に残る深さがまったく違います。この差を積み重ねていけるかどうかが、長い受験期間を戦う上で大きな意味を持ってきます。
私たちは教えることよりも引き出すことに重きを置いています。
それが、お子様の将来の自走力に繋がるからです。
目先の点数だけを見れば、答えを教えてしまう方が早いのは事実です。しかし、私たちが本当に届けたいのは、お子様が卒業した後も自分の力で考え続けられる土台そのものです。
もちろん、時間がかかるやり方です。答えをすぐに教えてしまえば、その場の質問対応は数十秒で終わります。しかしヒントを与えて生徒自身に気づかせるには、その何倍もの時間と、コーチ側の高い技術が必要になります。それでも私たちがこの指導法を貫くのは、この一手間こそが、お子様の一生モノの力になると確信しているからです。
「教える」のではなく「引き出す」指導を。
お子様の自分で考える力が育てば、大学受験だけでなく一生の財産になります。
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